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小林照子の京都の美意識

小林照子さんが、上質で丁寧に、ひたむきなものづくりを信条とする職人と出会い、対話することで、京都に息づく美意識の根源を伝え、紐解きます。美しく、輝くような旅をしたい世代のためのトラベルガイドとしても使える内容です。

京都、宮津市にある飯尾醸造さんを訪ねました

『京都から車で2時間の場所に、このような美しい場所があるなんて初めて知りました』。京都府の北部にある宮津市。日本三景の一つ、天橋立もすぐ近くです。目の前には海が広がる素敵なロケーションに、その蔵はあります。明治28年創業の飯尾醸造は、米づくりから始まり、昔ながらのやり方で酢を作る全国でも稀有な酢屋です。五代目当主の飯尾彰浩さんが、刈り入れ前の棚田〜蔵を案内してくれました。

小林照子さんが目指す美のあり方は、外見の美を磨き、内面の美しさを引き出すということ。特に最近では、インナービューティに注目していて、その核となるのは食だと考えているのだとか。『体の中に取り入れるものは、なるだけ無添加で、丁寧に作られているのもが良いですね。それだけに飯尾醸造さんは、とても気になっていた存在です。』と話します。

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飯尾醸造の棚田は、蔵から車で40分の上世屋というところにありました。「限界集落の放置棚田で、無農薬米をつくり始めたのは約50年前のこと。昼夜の寒暖差が大きく、生活用水や農薬汚染をさけることができる標高400mで水がきれいなこの棚田でできるお米は、粒が大きく、甘みがあるのが特徴です」と飯尾さん。作られているお米は、8割がコシヒカリ、残りの2割が麹作りに使われる五百万石です。田植え〜稲刈りまで、飯尾醸造のスタッフ、蔵人はもちろん、通販でのお客さまや取引先などがボランティアで参加するそう。『それはとても素晴らしいことですね。私は戦争中、疎開先で農業を手伝ったから、米作りの大変さは身にしみています。手間をかけて育てた無農薬米を使って、お酢にするなんて!並々ならぬこだわりが感じられますね』と小林さんは、棚田の様子を見てそう話しました。

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刈り入れが終わった稲穂は、ぎっしりと隙間なく並べられ天日干しされます。最近では、農家の高齢化と過疎化が深刻な問題となっていますが、飯尾醸造の米作りに共鳴した若い夫婦なども棚田に移り住み、作業に従事されているとのこと。また、作られたお米を、相場より高い価格で買取ったり、農作業の道具を貸し出したり。『農家の方を、きちっと守られていることにも感銘を受けました』。そして、棚田を後に飯尾醸造さんの蔵に向かいます。

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辺りには何とも言えない酢の甘酸っぱい香りが漂っていました。路地裏を入ると、そこに飯尾醸造はあります。杜氏が泊りがけで麹を造り醸す幻の酒を原料に、発酵、熟成を経て、この酢蔵で約100日ほどかけてお酢を造ります。『作ったお酒を飲んだりすることはないのですか?』小林さんが、そう質問すると「あくまで酢を作る過程のものですから。これは内緒ですが、日本酒としてもかなりイケてるんです(笑)」。蔵の中は薄暗くヒンヤリとして、高さ4メートルほどのタンクがいくつもあります。大きなタンクの表面は温かく、中を覗きこむとプクプクと音が聞こえ、ふわ〜っとした熱気も伝わってきます。『生きている気配がしますね』と小林さん。興味津々に白い膜(酢酸菌膜)がはられたタンクを覗き込みます。

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「効率を優先させるために約1日で発酵を終わらせるのが、通常の酢。ここでは、昔ながらの静置発酵と呼ばれる方法で100〜120日かけてじっくり発酵させます。旨味のもとになるアミノ酸が多く、まろやかな味わいの酢に仕上がります」。飯尾さんの説明に、熱心に耳を傾ける小林さんです。もう一つ覗いたタンクで作られていたのは、紅芋酢。『お付き合いのある編集者さんから頂いて以来、実はこの紅芋酢のファンに!』。「紅芋に含まれるポリフェノールの一種、アントシアニンは、血液をサラサラにする機能があるようです。また、抗酸化力も高く、老化や生活習慣病にも。当社は、毎朝、紅芋酢を飲んでから仕事を始めます」と飯尾さん。『それで、スタッフの方が皆元気良くキビキビしているのね。近頃はアンチエイジングに力を注いでいるので、紅芋酢には美容的にも注目だわ』。

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次に併設する工場を案内してもらいました。『酢作りは昔ながらのやり方で行っているのに、ボトリングなどを行う工場は、最新鋭の設備を導入して、機能的かつ合理化されていますね。そして清潔そのもの。私は化粧品を作る世界の工場を視察してきましたが、中小企業でここまで設備投資されて厳重に作業を行う姿勢は立派です』と感動した様子の小林さん。小さな努力をたくさん積み重ね、丁寧に丁寧に作られる一本の酢の姿がここにありました。

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さて、一通りの見学を終えたあとは、併設するショップで、お酢の試飲です!ここでは、飯尾醸造で取り扱うお酢のすべてを試飲することができます。定番の純米富士酢をはじめ、紅芋、いちじく、りんごなど果実酢のラインナップも充実。紅芋酢を手に取り「ツンとした感じがなく、まろやか。美容と健康のために、毎日いただきたいわ。そのためには、もう少し飲みやすさが欲しいわね...」と小林さん。ジャンルは違えど、美容と酢造りのプロフェッショナルとして、それぞれの見地から意見交換を行う二人。何やら盛り上がり、新しいアイデアも生まれてきそうな予感です。話は尽きないようですが、そろそろ蔵を後にする時間。今も現役で畑仕事をされているという飯尾さんの90歳のおばあさまが作られた、万願寺とうがらしもたくさんお土産にいただきました!京都、北部の海と山の自然に囲まれた充実の時間を過ごし、小林さんは一路東京へ向かったのでした。

小林照子のひとこと

『食べ物が溢れている現代。食に関する情報も膨大です。食に関しての私の基準は実にシンプルで、「いい人が作ったものを食べる」ということに尽きるのです。手塩にかけ愛情をもって実直に育てられたものには、力があります。作り手の気持ちは、食べ物にも宿るのね。今回、飯尾醸造さんのものづくりの姿勢に触れて、そう思いました。そして、飯尾さん自身まだお若いのに、真摯に真面目に取り組む姿に本当に尊敬の念を抱きました。今後もぜひ応援していきたいですね』

(撮影=広瀬祐子、テキスト=ナイキミキ)

飯尾醸造

京都府宮津市小田宿野373 ☎︎0772-25-0015

日、祝休 蔵見学は要問い合わせ